普通の会社員をやりながら、 どうして私が副業をやろうと 思ったのか?
そのきっかけになった事を 少しお話するね。
当時40代の働き方が どうだったかというと、
割とマジメな性格で、 言われたことは責任を持って、 こなしていたんだよね。
っていうよりは 「怒られたくない」から 怒られないように、 言われたことをやっていた。
正確にいうなら、 言われたことはやるけど、 それ以上はやらない省エネな 働き方をしていた。
上の人に媚びて、 評価を上げてもらうとか苦手で、 そういう人を見て、 なんかイヤだなって思ってた。
それでも残業は多くて、 定時に帰られるなんてことは、 2〜3年に1回だった。
それも相当な理由な時だけ。 だから定時なんてほぼ無理。
コロナ前はおそらく、 月50〜60時間は、 残業してたと思う。
通勤時間を入れると、 毎日、ほぼ家と会社の往復で、 余計なことを考える時間も 当時はなかったな・・・
毎日心も体もギリギリなのに、 ちょっとしたミスで 責め立てられてストレス。
長くなると責任は重くなるし、 求められることも多くなる。
でも残業は減らない。
お給料を上げてほしいと言ったら、 それ以上に仕事が増えるので、 いつしか言い出せなくなってた。
会社員は時間を切り売りして、 お給料をもらうワケだけど、
まあ、心や体の健康も 削られていった。
そんな生活を続けていた ある時・・・
寝ても起きても胃がムカムカして、 痛いと気持ち悪い状態が続き、 救急車で運ばれることになった。
救急車に来てもらうのは、 初めての経験だった。
夜中に病院に運ばれたら ウィルス性胃腸炎と診断され、 点滴を受けたら、痛みやムカムカが、 嘘のようにスーッと楽になった。
早朝5時くらいだったと思うけど、 病院からはこんなふうに言われた。 「数時間したら受付が開始するので、 あらためて診察に来てください」
えー、いったん家に帰されるのね(泣)
そして、この時に思った。
「仕事との向き合い方を 本気で考えないとダメだ」
「このままじゃダメだ」
「このままだと潰れる・・」
本気でそう思った。
恐怖や怒りも感じた。
なぜか泣けてきた。
ここが、 私が副業を本気で考えた ターニングポイントだった。
それまでは、 会社のせいだからしょうがない、 特技もないからしょうがない、
そうした環境のせいに していたけれど、 自分で変えていくしかない、 そんな考えが芽生え始めた。
それはなにのためか? 自分を守るためだ。
そこからどう行動していったのかは、 またこれからブログに書いていくので、 よかったらまた見にきてください。
なにか、あなたの人生のヒントに なれたら嬉しいです♪
👉 続きはこちら:40代のターニングポイントでの気づき