わたしは昔から願いを叶える方法というのを知りたかった。

 

よく本屋さんの女性向けの本のコーナーで、
「願いを叶えるための方法」とか、「こうすれば人生思い通り」
そんなタイトルの本を立ち読みあさった。

 

なぜなら、自分の人生が全然思い通りじゃなかったからだ。

 

いつからそんなことを思い始めたのか考えると、
小学生の時に、好きな男の子と両思いになりたいと思い、
「おまじない」に出会ったことがいちばん初めのキッカケだった。

 

「消しゴムに好きな男の子の名前を書いて
最後まで使い切ったら両思いになれる」
などといったものだ笑

 

中学、高校、大学と人間関係や進学など思い通りにならず、
モヤモヤしたまま大人になった。

 

最近ではSNSでも願いを叶える方法を投稿する人がたくさんいる。
願いを叶えるための方法で共通していることはだいたいこうだ。

 

「ノートに自分の願いを書くと叶う」という方法だ。

 

ノートに書いても叶わなかった

わたしは「今月中に100万円の収入がありますように」
何度もそう書いたが叶わなかった。

 

ノートに書いた願いは毎回叶わず、
そのたびに私の心は打ち砕かれた。

 

「ほら叶わないじゃん」
「また叶わない…」
「叶っていない自分がダメ」

 

叶わないことで、負の矢印が
いつも自分に向いてしまう。

 

「叶わないからノートなんて書かない方がいい」
そう思い書かなくなったこともしばしばあった。

 

ノートに書かなければ、
叶わない現実を見なくていいし、
叶わない自分に向き合わなくてもいい。

 

なぜ叶うのか、理由を間違えていた

でもね、わたしは気がついた。
なぜノートに書いたら叶うのか、
その理由を間違えていたってことを。

 

ノートに願いを書いたら、
それが何か魔法のように叶うと思っていた。
(小学生の頃のおまじないの感じね)

 

なんだかよく分からないけれど、
目に見えないものの力で、
願いが叶っていくのだと思っていた。

 

でもそうじゃなかった。
そんなフワフワした、
スピリチュアルな理由ではなかった。

 

今日はそれを、私と同じように思っていた人、
もっと現実的な理由で納得したい人に、
お伝えできたらと思う。

 

願いをこの世界に「存在させる」

ノートに自分の願いを書くって、
実は、自分の頭の中で妄想しているカタチのないものを、
文字というカタチあるものに変換する作業だ。

 

紙に願いを書かなくても、頭の中で願えているから
同じですよねっていう人がよくいるけど、それは違う。

 

この2つには、決定的な違いがあるのだ。

 

それが何かというと、願いというカタチが、
この3次元の世界に存在しているかの有無だ。

 

頭の中で考えている願いや妄想というのは、
あなたの頭の中でしか存在していないし、カタチもない。
もちろんこの3次元の世界に存在していない。
だから誰もあなたの願いを認識できない。

 

一方、ノートに書くということは、
あなたの頭の中で考えていることを、
文字というカタチのあるものに変換し、
ノートに文字として存在させたということ。

 

文字を見ればあなたの願いが認識できる、
つまり、あなたの願いがこの3次元の世界に
存在しているということだ。

 

だから、どれだけ頭の中で願いを思っても、
その願いはこの世には存在していない、
ゼロと同じということ。

 

願いを叶える、現実にするには、
まず認識できるカタチにする、
存在させることが重要なのだ。

 

それは必ずしも文字でなくてもいい。
絵やイラスト、写真でもいい。
認識ができるカタチがあればいいのだ。

 

ビジョンボードが効く理由も同じ

ビジョンボードをつくると、
それ通りに願いが叶うという話を
聞いたことがないだろうか?

 

ビジョンボードとは、
自分の叶えたい夢や「なりたい姿」を
写真やイラスト、言葉にして、
1枚のボードにまとめたもの。

 

まさに願いを目に見えるカタチにして、
認識できる存在にしたものだ。

 

願いを叶える肝とは、
自分の願いを言葉などカタチにして
認識できるものにする、存在させることなのだ。

 

私は今までたくさんの情報に触れてきたけれど、
この肝の部分に気づかせてくれる人が
ほとんどいなかった。

 

ノートに書くと叶うよ、
ジャーナルつけるといいよという情報だけで、
願いをカタチにして存在させることの
重要性にフォーカスしてくれる人が
ほとんどいなかった、というのが正しい。

 

その重要性あっての、ノートに書くということなのだ。

 

私はその繋がりが知りたかったのだ。
ノートに書くことが、叶うということに、
どうリンクしているのかを知りたかったのだ。

 

それを知ってからは、
ノートを書くことが続けられるようになった。
むしろ書きたい、自分の願いをカタチにして、
存在させたいと思うようになった。

 

頭の中で思っていても、
それはカタチもなくゼロと同じだと知ったから。

 

ノートに書くときの気持ちも変わった。
自分の願いや望みをこの世界に出すぞ、
しっかり存在させるぞと前向きになった。

 

そして何より、現実になるという意識が強くなった。

 

書いてみたら、なんかちがう

もうひとつ、願いを叶えることに
大事な点があるのでお伝えしようと思う。

 

先ほどの文字や言葉にして
カタチにして存在させると、
あれ、自分が頭の中で考えていたことと
なんか違う感じがする、
またはだいたい合ってるんだけど
若干ズレてる感じが気になる。

 

そう思うところが必ず出てくる。
これは当然のことなので心配する必要はない。

 

頭の中でフワーっとした、
それまでカタチがなかったイメージを、
言葉というカタチあるものに変換することで、
ある種の「制限」が生まれる。

 

その場合は、どこにズレを感じるのか、
ちょっと違うなと感じるのか、
そこをしっかり見てほしい。

 

そして、自分の中の感覚が
よりピタッとくるよう、
願いの言葉を置き換える、
つまり願いの微調整をしてほしい。

 

港区をやめて中央区にしたAさんの話

Aさんは以前ノートに、
「東京港区のタワーマンションに住めるようになりたい」
そう書いていた。

 

港区が成功者の人が住むところの代名詞のような気がして、
港区を選んだのだが、あまりピンと来なかった。

 

よりピンとくる感覚を得るために、
港区のどのエリアに自分が住みたいのか、
実際に行って自分の足で歩いてみた。

 

当時いちばん気になっていた港区高輪からスタートした。
素敵だと思うマンションがたくさんあり、
こんなところに住みたいと思った反面、
なにかしっくり来ないものがあったそうだ。

 

そのしっくりこない点が何なのか聞いてみると、
生活感があまり感じられない、無機質、
人の顔があまり見えないという点だった。

 

ノートに書いたときに感じる
なにかピンとこないのは、
このしっくりこない感覚とつながり、
自分が住みたいと思っていた港区が
違うのだということが分かったのだ。

 

いっぽうで、当時Aさんは数ヶ月に一度、
人形町、日本橋へ用事で行っていたのだが、
そのエリアには港区では感じることのなかった、
親しみや居心地の良さを感じたという。

 

そしてAさんは、住みたいところを
港区から中央区に変えたのだ。

 

港区に住みたいと書いていたときは、
ちょっとしたズレや違和感を感じながら書いていたが、
この経験を通して、中央区に住みたいと書くときは、
中央区に住んで幸せな自分を想像しながら、
楽しい気分で書くことができるようになったという。

 

このようにノートに書くことで、
たいていの場合、ちょっとした違和感や
なんかスッキリしないというところが出てくる。

 

でもそれはよくあることで、
その違和感をもとに、自分の本当の願いを
知るための手がかりやヒントになるのだ。

 

だから、そのズレた感覚や違和感がきたら、
「キタキター、これでより自分の本当の願いが分かる」
それくらいの気持ちでいるといい。

 

それがあなたが本当に叶えたい願いを
現実にするために必要なことだ。

 

今日お伝えした2つ、

 

・願いを文字というカタチあるものにして存在させる
・書いてしっくりこない場合は微調整する

 

を実践して、
あなたが本当に幸せだと感じることのできる願いを、
一緒に叶えていきましょう。

 

今日お伝えしたことが、
あなたの人生のヒントになれたら嬉しいです♪